大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(う)1531号 判決

被告人 齋藤孝

〔抄 録〕

三 ここで、弁護人西田健の当審弁論における主張にかんがみ、本件が承諾殺人に該当するか否かについて職権で検討する。原判決挙示の関係証拠によれば、本件犯行直前に、憤激した母さき子が博に対し「あんたが死んでくれれば一番みんなが助かる。シンナーでもかぶって死になさい。火をつけてやるから燃えて死になさい。」と厳しい口調で言ったのに対し、博は反抗的な態度で、「よし、シンナーをかぶって死んでやる。」などと言い返し、さき子から「それなら一筆書きなさい。」と言って紙を差し出されるや、ふてくされた態度で「じゃ、書いてやる。」と言ってこれに「ぼくは、しにます。」と書いて署名し、その名下に指印したこと、次いで博は「最後だから死ぬ前にシンナーを吸わせてくれ。」と要求し、さき子が「死ぬ前にシンナーなんか吸わせなくてよい」と言うのを無視して、被告人からビニール袋にシンナーを注いでもらってこれを吸引したりしたのち、「よし、死んでやる。」と言って立ち上がり、さき子が「ここでは火事になるから外に出なさい。」と言ったところから玄関を出て庭の温室前にあぐらをかいて座り、平然とシンナーを吸い続け、博の右横に立った被告人が博の頸部や頭部にシンナーをかけてもじっとしていたこと、被告人がさき子から受け取った新聞紙を丸めて筒状にし、その先端にライターで着火し、これを博に近づけても、なお同人は被告人を見向きもせず黙ってシンナーを吸い続け、逃げようともしなかったことがそれぞれ認められる。なるほど、博の右行動を客観的にみると、同人は母の「死になさい。」という命令に従ったかのように「死んでやる。」と答え、更には死の意思を一筆書き記しているもので、このやりとりは単なる売り言葉に買い言葉といえるような口論の域を超え、相当緊迫した雰囲気の下になされたことが窺われ、博は、母とのやりとりの言葉からみてもわかるようにシンナーが燃えやすいものであることを知っていながら、前示のとおり自己に引火するまで平然としていたことからして、殺害されることを承諾していたかのようにみえる。

しかしながら、博は、それまでにしばしば死ぬと口にしたことがあったものの、自殺の着手行為にすら及んだことがなく、また、これまで同人がシンナーをやめると口で言ったり書いたりしたことがあったのにいっこうにこれをやめず、また、何度も家を出ると言って出て行ったのにすぐ戻って来ていたところから、被告人及びさき子は、今回博が「死んでやる。」と言っても、それはいつものうそか冗談であり、遺書もいい加減なものであると考え、本気にしていなかったこと、博が自己の身体、着衣に引火するまで外見上平然としていたのは、シンナーの影響もあって、死に至る危険を切実に感じなかったものか、又は点火されることはあるまいとたかをくくっていたものと認め得ること、同人は引火後苦しさに耐えかねて風呂場の浴槽に飛び込み、その場に来た被告人や母に自己の非を詫びたこと、本件の際博が真に死ななければならなかったような特段の事情も見当たらないうえ、博が正常な判断能力の下に真剣に死を決意したとは到底考えられない状況であったことなどにかんがみると、当時博に殺されることについての任意かつ真意に出た承諾はなかったと認めるのが相当である。

(小野 坂井 安藤)

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